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MUSIC LAND -私の庭の花たち-

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「メビウスの輪」22

崖の上の寺院から
崖の上の寺院から posted by (C) mamiさんの写真

怯えてる幸恵を目の前にして

自分までどうしていいか分からない。

でもそれでは二人ともこのまま立ち止まってしまう。

自分が動くしかないのだ。

「中に入れてくれないかな。」

強いて穏やかに言うと、

「どうぞ」と素直に従った。

先日来たときとは、別な家のように

乱雑に物が床の上にも置かれていた。

まるで幸恵の精神状態のようだ。

「ごめんなさい。片付けられないの。」

うつむく幸恵の肩を撫でながら

「いいんだよ。無理しなくて。」と

慰めるように言った。

足の踏み場もない床を、

つまづかないようにまたぎながら

幸恵の後を歩いていった。

どこへ行こうというのか。

階段を上り、部屋に招かれると

そこにはベッドがあった。

幸恵の寝室か?

どういうつもりだろう。

幸恵が振り返り、俺を見つめた。

「恋人なんでしょう?」

潤んだ瞳で言われても困る。

「まだそういう関係じゃないんだ。」

言い訳がましいな。

「そう。それでもいいわ。」

と上着を脱ごうとする。

「やめろ」

思わず声を荒げてしまった。

幸恵はハッとして固くなった。

「ごめん。でも、記憶の無い幸恵は抱けないよ。」

「そうよね。こんな私は抱けないわよね。」

自暴自棄になった幸恵は、

ベッドに倒れこんで泣いている。

震える肩に手を差し伸べようとしたが、

触れられなかった。

なんと声をかけていいかも分からない。

ただ黙って、そばに座り込み

幸恵を見つめていた。

ふいに幸恵が立ち上がった。

まるで夢遊病者のように

俺の顔も目に入らない様子で

部屋を出ると階段を下りていく。

そのまま物を踏みつけながら歩くのだ。

つまづいて転びそうになった幸恵を

支えたが、振り払われてしまった。

「私に構わないで。」

氷のように冷たい顔と声だ。

裸足のままドアを出ると

駆け出していった。

俺は慌てて靴を履き、

追いかけていく。

幸恵は崖のほうへ向かっていった。

なかなか追いつかない。

急に止まって振り返ると

俺に向かって、

昔のような優しい笑顔を見せた。

そしてまた走り出した。

崖から飛び降りると思った瞬間、

俺は幸恵に手を伸ばした。

腕をつかみ、引き戻そうとして、

俺もバランスを崩し、倒れこんだ。

幸恵を抱えながら、崖っぷちに重なっている。

「ここでお別れしよう。」

幸恵が俺を見ながらつぶやく。

「嫌だ。置いていくなよ。」

「信吾は独りでも大丈夫だよ。」

「ダメなんだ。幸恵が居なくちゃ生きていけない。」

泣き声になってしまう。

「私一人で逝くよ」

「一人では死なせない。」

「私は一人じゃないから。」

幸恵は正気に戻ったのか?

「元は一人だろ。」

「そうじゃなくて、信吾が居るってこと」

マリアのような微笑みだ。

「だったら、死ななくてもいいじゃないか。」

「信吾を苦しませたくないの。」

「死んだら、もっと苦しむよ。」

プライドも捨てて、すがってしまう。

「でも、忘れられるでしょ。」

「忘れられない。」

押し問答だ。

幸恵を無理やり起き上がらせて、

きつく抱きしめた。

「死ぬな。」

「ありがとう。」

固い体が溶けたように、

幸恵が崩れた。

気を失ったようだ。

抱き上げて、別荘に運ぶ。

気が付いたら、また別人になってるのだろうか。

それでもいい。

俺はなんと言われようと幸恵のそばに居る。

目を離して死なれたら、

俺が生きてはいけない。

どんな幸恵でも受け入れよう。

そう心に誓った。


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